パパ 「この前、NHK教育で太宰治の斜陽を放送していたね」
ピー 「お~お~、夜遅くまでね」
パパ 「今回は、太宰の愛人 太田静子に焦点をあて、太宰の
心模様を考察した番組内容だった」
ピー 「ふーん、で、斜陽って何よ?」
パパ 「お日様が西に傾いていくことだよん」
ピー 「なんだ、夕方じゃん」
パパ 「じゃなくてね、戦後の革命的な時代変化の中で、
没落して行く家族を描いた小説なのだ」
ピー 「だから斜陽? そんなのが面白いの?」
パパ 「戦後間もなくのベストセラーだ」
「ま、当時の時代そのものだったし、太宰の人生そのもの
を描いていたからね」
ピー 「太宰の人生?・・・描く?」
パパ 「斜陽という小説は、元々プロレタリア文学臭いと思って
いたけど、やはり太宰は一時期左翼思想に被れていた」
ピー 「でもさ、何故NHKは太田静子に的を絞って制作したの?」
パパ 「あ~それは、未発表の二人の手紙が公開されたからだよ」
「NHKのプロデューサーは、そういうものを見逃さないんだなぁ」
ピー 「で、太宰治と太田静子の関係は?」
パパ 「ふふ、そこが面白いんだけど、先ず太宰と静子の生い立ち
から見ていこう」
「二人とも裕福な家庭に育ったというのが共通点」
ピー 「ほ~、人生の出発点だ」
パパ 「生活の心配がないから、二人とも勝手気ままな性格を身に
つけたとパパは思っちょる」
ピー 「自由思想というか、自己中心的なんだね」
「それが二人を結びつけた?」
パパ 「ま~ね、太田静子なんちゅーのは、当時としては珍しい
自由恋愛なんてーことを言っちょった」
「ほんでその頃太宰は、自分が没落していく予感を持ち始める」
ピー 「予感?」
パパ 「ま、これはロシア革命の影響を受けたことによる予感だと
思う」「自分が支配階級に属しているという認識だ」
ピー 「先程の左翼思想によるプロレタリア文学かい?」
パパ 「ほんでそれが、戦後の農地改革によって現実化してしまう」
ピー 「GHQによる戦後日本の改革だ」
「そこが小説 斜陽の始まりというか、着想点なん?」
パパ 「いやいや、着想は戦前だと思う」
「チェーホフの桜の園というか・・」
「チェーホフの戯曲と自分の人生が重なって見えたんだろうね」
ピー 「それが予感かぁ」「ちゅーか、着想のパクリじゃないの」
「ところで人生が重なって見えたとは?」
パパ 「自分の人生も、桜の園と同じように没落していくと
思ったのさ」
「それでもう煩わしい人生を諦めてしまうというか、自分を
外から眺めてしまうんだ」「いっそ死のうかと」
「ま、普通の人は何とかしようと思うんだけど、それがない」
ピー 「どうしてさ?」
パパ 「裕福な出身だからさ。ガッツ精神に乏しかったと考えられる」
ピー 「そこまでは分かった。太田静子とはどうなんだい? 気になる」
パパ 「静子とは文学を通じて知り合うんだが、没落していく静子を
通して斜陽を書こうとするんだなぁ。太宰は」
ピー 「自分も没落するんだから、自分だけで書けばいいじゃん?」
パパ 「それは単なる随筆というもの」
「純文学というか、小説なんだからさぁ。相手が必要なんだ」
ピー 「わからんの~」
パパ 「小説は、相手を通して感じるその時々の心模様を文章として
綴ってある」
「だから作家は、自分で物事を体験しなければ、感情の
リアリティさを表現できないんだなぁ」
「小説はね、観念では書けないんだ」
ピー 「はは~ん、だから小説家は、行く先々で女性をつくるのかぁ」
「川端何がしも然り、だねぇ・・・」
パパ 「その体験が、深~い、そしてリアルな小説となるのさ」
ピー 「分かった! 太宰は小説のために太田静子を必要としたんだ」
「正に斜陽に打って付けの女性を見つけたんだねぇ」
パパ 「そう、斜陽を書く上で必要な感性を静子から得たんだ」
「何故なら、静子は斜陽そのものだからね」
ピー 「なるほどねぇ」「数人の女性の中で、静子にだけ興味を
示したのはそれでか~」
「桜の園の没落貴族だぁ、チェーホフの世界だねぇ」
パパ 「ま、静子に斜陽のヒロインになることを、長年掛けて
口説いたんだろうね」
「そして、没落して行く日々を日記として綴らせ、それを
小説斜陽の原案とした」「斜陽は静子との合作だ」
ピー 「口説くねぇ・・・」
パパ 「さて、これからが太宰の真骨頂だよん」
「斜陽の主人公二人には、悲劇的に人生を終焉させなければ
ならない、と太宰は考えていたと思うんだ」
ピー 「そうか、悲劇にすることで、より小説的に描けるんだ」
パパ 「しか~し、太宰にとって没落は、悲劇でも何でもなく歴史的
事実として認識できた筈なんだよ」
ピー 「かつての左翼思想による歴史認識というか、唯物史観だろう?」
「大衆が階級闘争で勝利し、話は終わっちゃうという筋書きだ」
「主人公となるのは、偉大なる労働者階級だ」
パパ 「そうそう」
ピー 「な~る、自分は歴史認識が邪魔をして、没落側の人生を書け
ないんだ」「そやから静子の没落日記を必要としたんだな」
パパ 「だけど彼は小説家だ。静子の日記を素に、小説の中で主人公に
死を迎えさすことで、没落のどうしようもないやるせなさというか、
そういう人生の虚無感を描こうとしたんじゃないかと・・・」
「それが後に心中へと結びついていく」
ピー 「ほう、時代背景だねぇ」
パパ 「じゃーが、ここでハプニング!」
ピー 「なんじゃ? 表現が現実的だね」
パパ 「そう現実。 没落の静子が妊娠したんだよ」
ピー 「それが何か?」
パパ 「ということは、静子にこの現実を生きようとする心が
芽生えるのさ」「人生が没落でなくなる」
ピー 「折角口説いたのに、わやくちゃじゃん」
パパ 「太宰は、もはや静子に死ぬ覚悟が無い事を悟るんだ」
「そして、遠ざかっていく」
ピー 「えっ、え~!」
パパ 「静子は捨てられたと思うんだけど、実際は静子への愛
だと理解したほうがいいな」
「ここで小説斜陽の方向性が変わっちゃうんだ」
「さらに太宰の中に、自分が小説に取って代わろうとする
意識がはっきりと芽生えてくる・・・」
ピー 「それこそパパの創作だろう?」
パパ 「静子の妊娠が1947年、同年に山崎富栄という女性を愛人
としたんだ」
「それで一緒に死のうと。またまた口説いたのさ」
ピー 「あのね~、それは、たぶらかしと言うんだよ。酷いね~」
「つまり、山崎富栄は静子の身代わりなんだ」
パパ 「そう思うね」
ピー 「じゃ、太宰にとって斜陽という小説は、静子と心中する
ための脚本だったというわけ~?」
パパ 「当初の計画では、小説斜陽の主人公達が悲劇の死を遂げ、
その原案のヒロイン、つまり静子と共に自分も心中する、
という太宰にとって完璧なまでの筋書きだったと考えられる」
ピー 「なぬ、なぬ、なぬ~」
パパ 「でないと後日、何でもない山崎富栄と心中する動機が
見当たらない」
ピー 「?そうかね~」「な~ぜ心中なんか・・・」
パパ 「富栄は、太宰のロマンティシズムにコロっと参ったんだ」
「そして、その気になった」「太宰の真骨頂だ」
ピー 「ふ~ん、としか言いようが無い」
パパ 「これは、太宰の没落の美意識だと思っちょる」
「そこに太宰の精神性というか、彼の死の美学を見る
気がするね~」
「しかも、心中というのが太宰文学のミソだ」
ピー 「ほう、そこに最初に話した太宰の自己中心性があるのか
知らん?」「おいら混乱してきたよ」
パパ 「で、準備万端整え小説 斜陽を発表する」
「少しして人間失格という小説も発表する。これは、
静子に対する裏切りの理由付けだと思うな」
「自分はくだらない人間だから死んじゃう」
「でも、あんさんは生きなさい、とね」
ピー 「ふ~む、太宰自身の斜陽かもねぇ・・・」
「何かおかしい人生だよ」
パパ 「そして、斜陽発表の翌1948年に山崎富栄とともに
玉川上水にて入水心中し、自らの斜陽も完結させた」
ピー 「無理心中じゃんかー、富栄は太宰に付き合っただけだ」
「太宰の中に何か奇異なものを感じるな~」
パパ 「そこが不思議なんだけど、小説斜陽では創作をせずに
そのままの現実を書いちまうんだな~」
「で、自分が小説の世界に入り込み、斜陽を演じてしまう」
ピー 「と、考えるならこうかい。静子の妊娠で小説の中の主人公
と、静子自身をも死なせられなくなった」
「だから、自らの斜陽を完結させるためにも、山崎富栄という
女性を静子の身代わりにしてまで心中する必要があったと」
「倒錯だねぇ、これは~」
パパ 「ま、太宰特有の精神世界としか言いようがないんだなぁ」
「だけど、そういう太宰の世界に魅力を感じる人もいる」
ピー 「ほん?」
パパ 「昔から咳き込み男に眼病み女と言って、不思議な魅力を
感じるんだけど、まー、そのようなものさ」
「太宰は5度目の心中で、やっと想いを遂げたんだ」
ピー 「作家というのは、理解に苦しむ人々だ」
パパ 「ま、以上は全部パパの推論だけどね」
ピー 「間違いであって欲しいものだ」
「で、チーズフォンデュとは?」
パパ 「ひょんなことで、太宰治と縁のある方達とチーズフォンデュ
を食べただけのことさっ。へへ」
ピー 「何じゃそれは~?」