2010年1月21日木曜日

ピートとパパの会話(その79 大津事件)


ピー  「上の写真は誰?」
パパ 「真中は人力車に乗ったロシアのニコライ2世、右端は大津事件
    を担当した弁護士の一人だよ」
ピー  「人力車?」
パパ 「当時のタクシーじゃよ」
ピー  「ほん? メーターが付いとらんね」
    「ところで小沢どんは、パパが言っていたように検察への圧力
    をかけてきそうだね~」
パパ 「法務大臣が指揮権発動を排除しないようなことを言い出すし、
    国家公安委員長も検察にイチャモンを付けてきたし、
    このまま行くと政治が司法に介入するかも知れないぞ~」
ピー  「石川っちの逮捕の時期がどうとか言ってるね」
パパ 「逮捕する時期って、そんな被疑者に対して都合の良い日取りなんて
    ある方が変だよね。大安か仏滅かを選ぶのかいな? はは」
    「逮捕時期は、捜査の進捗結果と考えるのが普通だと思うけどね~」
ピー  「で、今回の話は上の写真と関係するの?」
パパ 「前回、司法権の独立の話をチラっと言ったろう。その事を話そう」
    「日本で司法権の独立が認識される切っ掛けとなったのが、明治に
    発生した”大津事件”じゃった」
ピー  「おいらが住んでいるところだ」
パパ 「時は1891年5月11日(明治24年)、日本訪問中のロシア帝国の
    皇太子ニコライ2世が、警備の巡査津田三蔵に斬り付けられ負傷
    したんだ」
ピー 「ロシア帝国の皇太子を斬り付けた~?」「戦争になるじゃんかー」
パパ 「伊藤博文や内閣の重臣達は、大国ロシアの報復を恐れて、
    津田三蔵を死刑にすることでロシアに謝罪しようと言い出した」
    「で、津田三蔵を死刑にするよう大審院(最高裁判所)の児島惟謙
    (こじまこれかた)に政治的圧力をかけた」
ピー  「相手はロシア帝国の皇太子だろう。当然じゃないのぉ」
パパ 「ピートもそう思うかね~」「実は、それが問題になったんだ」
ピー  「どうして? 一つ間違えば戦争に発展するじゃん」
パパ 「ところがじゃよ、死刑にするには、皇族に対する旧刑法116条を適用
    する必要があるのだけれど、その妥当性が問題となったんだ」
ピー  「適用の妥当性?」
パパ 「旧刑法116条は、外国の皇族に対する犯罪を想定するものでは
    なかった」
    「だから法解釈上、一般人と同じ刑法を適用せざるを得ないんだ」
ピー  「そら問題だ」「津田三蔵を死刑にして、とにかく事を収めなきゃ~」
パパ 「ピートよ、法治国家とは、どういう意味かを考えてごらんよ」
ピー  「うん?」
パパ 「法治国家は、法律を遵守する国家の形態を指す」
    「政治の圧力で法を適用するのは、独裁国家だよ」
ピー  「あっ! そういうことだね。感情的になってはならないんだ」
    「それで、どうしたのさ」
パパ 「大審院の児島惟謙は、伊藤博文などの政治圧力を撥ねのけた」
    「そして、大津地方裁判所に大審院の法廷を設置し、裁判を
    行う事となった」
ピー  「ということは、法律に基づき一般人と同じ裁判を受けたんだね」
パパ 「公判は、三好検事総長と谷沢弁護人・中山弁護人との間で、
    旧刑法116条における解釈の駁論応酬となった」
ピー  「つまり、日本の皇族を想定した旧刑法116条が、外国の皇族にも
    適用可能かどうかということなんだろう?」
パパ 「理解が早いね~、そうだよ」
    「検事側は、事の重大さを以って刑法116条を適用すべしとの駁論を
    張った」
    「谷沢弁護人は、いやしくも立憲国となった以上は、法律の明文に
    拠りて罰するほかはない。と言い」
    「中山弁護人は、感情を以って法律の行使に至らば、現に裁判上の
    汚点を将来の歴史に残すを恐る。と言って駁論を展開した」
ピー  「さきほどの児島大審院院長の意見は?」
パパ 「児島大審院院長は、立法論に基づき刑法116条を解釈したんだ」
    「即ち、外国の君主等に対する犯罪を特に規定せざる以上は、
    一般謀殺未遂を以って論ずべきはもとより当然の処分にして、
    少しも疑惧すべき所なきなり。との意見を展開した」
ピー  「ほう、明治24年にこのような法廷論争があったとはね~」
    「法哲学論争のようだ」
    「で、判決は?」
パパ 「法解釈論から言って、当然一般人と同じ法律適用を取らざるを得ず、
    結果的に無期懲役となった」
    「判決文は、これを法律に照らすに、その所為は謀殺未遂の犯罪に
    して刑法292条第112条,第113条第1項により、被告三蔵を無期徒刑
    に処するもの也。ということだった」
    「この裁判のやり取りについては、資料を調べてみると面白いよ」
ピー  「でもさ、ロシア帝国はどうなのさ?」
パパ 「諸説あるようだが、日本が法律に則って裁いたのであるから、
    これに賠償金や領土割譲などの脅しをかければ、ロシア帝国が
    国際的に非難されると思ったんじゃないかな」
    「だからロシアは、何の要求も出来なかった、とパパは考えちょる」
ピー  「ほう、国際的非難ね~」「それは、当時の国際情勢が日本に味方
    したんじゃないのかい」
パパ 「それと、日本の皇室の対応が素早かったこともあり、ロシア側の
    腹の虫も収まったと言われている」
ピー  「当時の弱小国家である日本としては、良かった良かっただね」
パパ 「それよりも重要なことは、この大津事件によって、日本が法治国家
    であることを、世界に初めて知らしめることが出来た事実にある」
ピー  「この事件によって、日本が近代国家として世界的に認知され、
    後の不平等条約の改正へと繋がったんだね」
パパ 「おや、よく知っているね」
    「余談だが、当時負傷したニコライ2世を大津の町屋の人が介抱した
    んだ」「その後、毎年暮れになると、ニコライ2世からその町屋の人
    にお歳暮が届いていたんだよ」
ピー  「お歳暮のことなんかどうして知っているの?」
パパ 「実は、パパの家系を遡って行くと、この事件を担当した弁護士の一人
    に突き当たる」
ピー  「それで写真とかが残っているんだね~」
パパ 「今回の小沢どんの一件と、大津事件に端を発した司法権の独立を
    絡めて考えると面白いぞえ~」