2009年2月27日金曜日

ピートとパパの会話(その48 宗教の話題)


ピー  「前回の話で、宗教は必要だと言っていたね」
    「高等生物がどうとか・・・それって、どういうことなん?」
パパ 「特に人間は、色んな観念というか、悩みを感じるんだな」
    「必ず死を迎えるとかさ」「死というのは実存なんだけど、
    それを迎える迄は、観念でもってその時の事を考えている」
ピー  「死というのは、一度きりで再度が無いから恐怖を感じるね」
    「死ぬと、どうなるんだろう?」
パパ 「そら、肉体的には蛋白質なんか分解して肥やしになる」
    「しかしね、観念も分解するとは思いたくないんだな~」
    「それで皆さん悩むし、一体どうなってしまうのかが恐ろしい」
ピー  「それって、霊魂のことかい」
パパ 「そういうことだね」
    「この霊魂というか、観念という奴は、科学で証明や説明が
    できないんだな」
    「だから、そこの部分を宗教や哲学に頼らざるを得ない」
ピー  「それで、宗教が必要だと?」
パパ 「そう、科学で説明出来ないことや、分からないことに
    対しては、宗教や哲学が説明してくれる」
ピー  「それで、高等生物ほど宗教が必要なのかぁ」
    「宗教は、あの世もちゃんと準備していてくれるしね」
パパ 「でもさ、あの世が在るかどうかは、誰にも分からない」
    「見てきた人がいないからね」「だから観念なのさ」
    「JTBの観光旅行じゃないけん」
ピー  「なぬ、見てきた人がいない。それは心配だよ~」
パパ 「いやいや、誰も分からないんだったら、あの世は在る、
    ということに賭ければいい」
ピー  「おー、そういうことか」「だったら死もあまり怖くないし、
    気も楽だ」
パパ 「じゃろ~、だから宗教が必要なのさ」
    「但し、信じる信じないは、本人の自由だけどね」
ピー  「で、死ぬとどうなるの?」
パパ 「仏教を例にとると、先ず肉体から霊魂が分離する」
    「これを体外離脱という」「で、霊魂は三途の川を目指す」
ピー  「肉体は?」
パパ 「肉体は、丁重に葬られる」「中にはポイ捨ての人もいるな」
ピー  「丁重だと安心だね」
パパ 「でもね、霊魂は、これからが大変なのじゃよ」
    「生前での行いが審査される」
ピー  「ほほう、おいらは善人じゃけんね」
パパ 「この行いを審査するのが、閻魔大王率いる10王だ」
    「では、紹介いたしましょう」
    「①不動明王:最初に善悪行の審査をするんだ。審査後、霊魂は、
    善悪人に分かれて三途の川を渡る。善人は橋、軽犯罪は浅瀬、
    重犯罪は深みの濁流だ。だから三途と言うんだよ」
ピー  「悪人は、水でドボドボだ」
    「で、川を渡ると・・・」
パパ 「②釈迦如来、③文殊菩薩、④普賢菩薩、⑤地獄菩薩によって、
    生前での行いの審判を受ける」
    「⑥弥勒菩薩:審判内容の評価を行うんだ」
    「⑦薬師如来:その評価に沿って最後の審判を下す。
    ここが、天国行きか地獄行きかの分かれ道だ」
    「この分かれ道の日が、四十九日目だよ」
    「天国へ行った万歳組みは、解脱するか、輪廻転生で再び生まれ
    変わる」
    「地獄へ落ちた霊魂と行き先が決まらない霊魂は、最審判を
    受ける日を待つ」
    「⑧観音菩薩:百か日目の最審判、⑨勢至菩薩:一周忌での
    最審判、⑩阿弥陀如来:三回忌での最審判を行う」
    「この最審判を33回忌まで行うんだ」
    「でまぁ、大体33回忌の最終最審判後に成仏できるらしい」
ピー  「ふ~ん、裁判みたいだね~」
パパ 「そうさ、だから生前に善行を積んでおく必要がある」
    「お坊さんは、この善行をどう積むかを指導してくれる」
ピー  「つーことは、死ぬ時のために宗教がある?」
パパ 「そうとも言えるね」「科学は、生物が何故死を迎えるのか説明
    できないけど、宗教では解脱とか輪廻転生とかで説明する」
ピー  「するとさ、科学で全てが説明できるとなれば?」
パパ 「科学が宗教に取って代わるね」「あの世も含めて全ての因果が
    実証されるからね」「但し、物理的にね」
ピー  「その可能性は?」
パパ 「今んとこ無いね」
    「現代科学は、霊魂の存在を否定しないと理論が成立しない」
    「でないと、全てが神様の思し召しで終わっちゃう」
    「でも、霊魂やあの世の存在を、科学で全否定できる確証も
    存在しない」
ピー  「それは困ったね」
パパ 「無いことの証明が科学できないから、無いという見解だ」
    「これは、科学的な態度ではなく、無いと言う単なる観念に過ぎない」
    「科学であるなら証明する態度が大切だ」
ピー  「分かった、それは前回の形而上学の考え方だ」
    「でもさ、前回の医学じゃないけど、科学の方が生物にとって
    何やら効果的な気がするけどね」
パパ 「それは、科学が自然現象や肉体の物理的現象の内、解明できた
    部分のみを扱うからだよ」「その範囲では、極めて有効な手段だね」
    「他方、観念的な精神活動の扱いに関しては、さっぱりだ」
    「ここに宗教の価値が存在するのじゃないかい」
ピー  「う~ん、どう考えるか難しいのぉ~」
パパ 「ある宗教では、体の具合が悪けりゃ医者にかかりなさい、
    という」
ピー  「政教分離じゃなく、科教分離だね」
パパ 「そう、極めて合理的な見解だと思うよ」
    「ところで、科学の成長にも限界があると思うんだ」
ピー  「科学の限界? それは?」
パパ 「人間が人間を作り出した時だと思っている」
    「何故なら、人間が宇宙で一番不可思議な存在だからさ」
    「三千世界が作り出したこの世の傑作だよ」
    「これ以上のものは作りようがないと思うね」
    「人間は、凝縮された宇宙じゃけん」
ピー  「ふ~ん、科学が、宇宙の真理を解明したことになる訳だね」
パパ 「その時、宗教も終焉を迎える」
ピー  「パパは、何かの宗教を信仰しているの?」
パパ 「何もしとらん」
ピー  「へっ? でも考え方が宗教寄りじゃん」
パパ 「そうじゃなくてさ、世の因果を説明するには、宗教の考え方が
    一番合理的だからさ」「壮大な叙事詩と考えてもいいね」
ピー  「そんなに単純なものとは思えないけどねぇ」