2008年10月30日木曜日

ピートとパパの会話(その27 都会人の田舎暮らし-①)


パパ 「さて、都会人の田舎暮らしだよん」
ピー  「楽しいな~♪」
パパ 「では、田舎暮らしの条件設定だ」
    「標高1000m以上の高原での生活を想定してみよう」
    「土地は、300坪くらいでいいかな」
    「家は、ログハウスとするか」
ピー  「おいらは、薪ストーブも欲しいな」
パパ 「ところでだ、ログハウスちゅーのは、家としての
    精度に欠けるね」
ピー  「ん? なんでよ」
パパ 「隙間風が入ってくるログもあるし、一番の問題は、
    セトリングとメンテナンスの煩わしさだ」
ピー  「セトリング? 何よそれ」
パパ 「ログハウスは、建築後3年間ほど木が乾燥して収縮
    するんだ」「それをセトリングという」
    「高さ3mで18cm収縮するね。2階建てだと36cmだ」
ピー  「え~! 本当なの?」
パパ 「これは、ログの宿命だ」「ログハウスの窓枠は、上の
    方に板が張ってあるだろう。これは、ログの収縮で
    窓がつかえないように、中に隙間を空けてあるんだ」
ピー  「あれは、窓飾りじゃないの?」
パパ 「ちゃう、ログが収縮して最終的にピタっと窓枠に当たる
    ように施工してあるんだ。言わば隙間の目隠しだよ」
    「このピタっといくかどうかが、ログビルダーの腕の
    見せどころなんだ」
ピー  「ほう~、ログハウスちゅーのは、難しいんだね」
パパ 「そうだよん、ログには、なが~いボルトが何本も
    通っていて、セトリングが始まると締めていくんだ」
ピー  「メンテナンスが大変そうだね」
パパ 「ログに住むなら自分でメンテしなきゃ」
    「ログハウスは、丸太ログや角ログ等色々な種類があるよ」
    「角ログは、工場でマシンカットされたものを現地で組むんだ」
ピー  「現代の在来工法とおなじだね」
パパ 「丸太ログは、主にログビルダーによって、チエンソーで丸太を
    カットしながら組立てられていくんだよ」
    「所謂ハンドカット・ログだ」
    「ログビルダーでは、アラン・マッキーが超有名だね」
    「彼は、ログの名工であり、作品は芸術と呼ぶに相応しい」
ピー  「ハンドカット・ログの方が豪快な感じがするね」
パパ 「でもね、丸太は、実際に住んでみると威圧感を感じたり
    するから、建てる前に見学に行った方がいいね」
    「組立て方法も、ラウンドノッチとかサドルノッチとか
    色々ある。どれにするかは、好みの問題だ」
ピー  「何か一般住宅より難しそうだね」
パパ 「まーね、ログが日本に入ってきた頃は、誰も
    セトリングなんか知らなかったからね」
    「で、在来工法と同じように窓枠を施工したもんだから、
    時が経って、あちこちのログで窓が開かなくなった」
ピー  「えらいこってすな~」
パパ 「ほんで、西洋人のログビルダーを雇って、やっとこさ
    日本人がログの建築技術を習得したんだよ」
ピー  「なんかアバウトな家ちゅー感じだな~」
パパ 「ポスト・アンド・ビームという工法もあって、
    これだと日本建築のように柱を立てるから、セトリング
    は少なくて済むだろうね」
ピー  「ログハウスというのは、憧れだけで住むと酷い目に遭うね」
パパ 「また、建築基準法で制限を設けている地域もあるから
    注意が必要だよ。特に市街地はね」
ピー  「他に問題は?」
パパ 「ログに塗る防腐剤が必要だ」
    「ドイツ製の高級品がお薦めだね」
    「一斗缶で3万円以上するけど、耐久性が違うんだ」
    「ログは、数年に一回再塗装が必要になってくるよ」
ピー  「ログハウスって、以外に面倒なんだね」
パパ 「住宅メーカーの家のようにはいかないよ」
    「むしろ、自分で何もかもやれるようになっている住まいだ」
    「元々自給自足が前提の開拓地用の簡易住宅だからね」
ピー  「図工の成績が5でないと、ログは難しいね~」
パパ 「ハハハ、面白いことを言うね」
    「他に、ログのカビ対策とか、色々な問題が出てくるぞ~」
    「田舎暮らしは、それらを楽しみながらやっていくのさ」
ピー  「な~んか、普通の都会人にとってはシンドイな~」
パパ 「あっ、窓も外国製がお薦めだね。ダブル・ハングといって、
    上下に開閉する窓だ」
    「これは、2重~3重窓になっていて、窓枠も木製だ」
    「日本のようなアルミサッシでは、高原の冷気を防げない」
    「防音効果も抜群だ」
ピー  「益々難しい住宅だね~」
パパ 「いやいや~、これらは田舎暮らしの真骨頂だよ~」
    「自然との一体感が出てくる生活だ」
ピー  「ヘンリー・D・ソローの’森の生活’だね」
パパ 「次回は、薪ストーブと高原における水周りを考えよう」
ピー  「薪ストーブ大好き、水周りって水道やトイレかな」   

お出かけ、大好き!


いつも行く所へ、今日も。
一日中、ノーリードで無制限に遊べるから、おいらのお気に入り。

まだまだ青いキンカンの実をむしり食い。
   (ウ〇チ以外は、なんでも食べる。でも、おなかは絶対こわさない。
    とにかく驚異的な消化管の持主・・・おそるべしピート!
    だけど・・・この食欲、おっ母には悩みのタネ。)

ブルーベリーは、もうないんだな・・・。     そして・・・

いつもの遊び場へ、レッツ ゴー!

おっ父ー、おっ母ー! ちっちゃいバナナがいっぱいなってるよー????

右に左に自由自在。 わけもなく走りまくり。
   
   (後ろに実ってるミカン。誰が植えたのか・・・ 
    柵も、『とるな!』の札もないけど、
    この辺りでは、だあれも一つも採りません。
    とっても平和な、古き良き時代を引きずっている村です。)

見間違った?  おいらだよ!

帰り道は、のーんびり、ぶらぶら・・・。

2008年10月28日火曜日

いたずら


退屈しのぎに、おっ父の軍足をくちゃ、くちゃ、くちゃ。

2008年10月27日月曜日

ピートとパパの会話(その26 憧れの田舎暮らし)


パパ 「さぁー、憧れの田舎暮らしだ」
ピー  「待ってましたー、田舎暮らし!」
パパ 「でもね、田舎暮らしの注意点が幾つかあるんだ」
ピー  「不便だとか?」
パパ 「ノーね」
    「退職後に田舎暮らしを始める人は、4年目くらいに
    認知症を発症する例が少なくない」
ピー  「なぬ? 楽しい筈の田舎暮らしでしょうが?」
パパ 「田舎暮らしも3年目までは、観光、家庭菜園、読書
    などに励むんだけどね~」
    「しかし、それも4年目くらいから飽きてきて、
    することが無くなる」
    「すると、大体4年目に認知症を発症するんだな」
ピー  「それ本当?」
パパ 「ある人が、福祉従事者の話だと言って教えてくれたんだ」
    「特に男性の発症例が多いそうだ」
    「恐怖のワシ男とか、濡れ落葉とか、産業廃棄物とか
    呼ばれている男性諸氏。特に気をつけましょう」
ピー  「え、えらいこっちゃ。他には」
パパ 「皆さんは、田舎を住み易い場所だと思っているんじゃ
    ないかな」「だが、村社会の付き合いは、想像を絶する
    大変さがあるんだ」
ピー  「えぇっ~! 話が違うじゃんかー」
パパ 「村の人は、都会から移ってくる人を、入り人と言って
    警戒する」「その警戒心を解きほぐせるかどうかが
    田舎暮らしの鍵だ」
    「そうでないと、村の何処に何があるとか、こうすれば
    良いとか、基本的な田舎の生活様式というか、
    つまりは村の掟というものを教えて貰えない」
ピー  「村八分だね」「何か手立ては?」
パパ 「それには、村人と親密に付き合うことだね」
    「でないと、田舎暮らしなんかできないよ」
ピー  「郷に入れば郷に従えだね」
パパ 「そう! 都会の生活スタイルを持ち込むのは厳禁だ」
    「街ではね~・・・とかの発言をすれば、その一言が末代
    まで尾を引く」「ここは○○郡○○村なんだと認識せねば」
    「都会の常識、村の非常識だからね」
ピー  「やんなっちゃうな~」
パパ 「逆に言えば、都会ほど楽チンな生活はないよ」
    「都会の生活でストレスを感じているようじゃ~、
    田舎には住めないね」
    「田舎では、もっとストレスを感じる」
ピー  「今まで逆だと思っていたよー、おいら」
パパ 「認識不足だね。それが原因で田舎暮らしを止めた人を
    何人か知っているけど、悲劇的だね」
ピー  「悲劇的?」
パパ 「うん、あのね、そういう人達は、最初の2年ほどは
    物凄く活発に動き回るし、村人相手に都会の便利さや
    制度を喋りまくっている」
    「しかし、ある時、突然に顔相が硬直したようになり、
    何事もあまり喋らなくなる」
ピー  「何なの、それ」
パパ 「多分、村人と何かトラブルを起したんだろうね」
    「田舎のトラブルは・・・、解決できないよ」
    「そういうトラブルでなくても、自然の厳しさに
    耐えかねて黙り込んでしまう人もいる」
ピー  「こんな筈じゃなかったということかな」
    「結局、その人達はどうしたの」
パパ 「仕方なく都会へ戻った」
    「都会の感覚のままでは、田舎暮らしは無理だね」
    「村人のせいではなく、都会人が問題を持ち込むんだ」
    「だから村人は、都会からの入り人を警戒するんだよ」
ピー  「そういう事なくして田舎に住む方法はないの?」
パパ 「あるにはある」
    「業者によって開発された戸建ての別荘団地に住むことだね」
    「敷地も広いし、こういう処は都会からの移住者ばかりだ」
    「皆さん最大限田舎を満喫している」
    「しかも、都会の生活様式を持ち込んでだ。そらもう快適だ」
    「地域住民も、元都会人ばかりだから話も通じるし、趣味も合う」
ピー  「それ、いいじゃんか!」
パパ 「難点は、生活コストがかかることだね」「なんせ、田舎の
    都会暮らしじゃけんね」
    「それさえ解決できれば、快適な田舎暮らしが待っている」
    「但し、認知症には、くれぐれもご用心を」
ピー  「防ぐ方法は?」
パパ 「そらあんた、人的交流を活発にすることだね」
    「女性に認知症が少ないのは、近所付き合いが活発
    だからだよ。特に田舎の場合はね」
ピー  「男性には、田舎も結構疲れそうだねぇ」
パパ 「次回は、都会人による田舎の生活を想定してみよう」
ピー  「オォ、面白そうだね~」

三週間ぶりに


てく、てく、てくと・・・  ついに、琵琶湖ホールまで距離を戻したんだ!
おいら、本当は琵琶湖ホテルの広場まで行きたくて、踏ん張って抵抗したけど・・・おっ母に負けた。
ウィリーママーッ、近くまで来たよー!

2008年10月26日日曜日

枯枝あつめて・・・


人間は、何でこんなもんするようになったんやろ?  目にしみるわ。

おっ父ー、湿ってるからなかなか燃えへんでー。

煙たいなあ~もうー。 (逃げた・・つもり?)

2008年10月24日金曜日

ピートとパパの会話(その25 パパの実験農場)


パパ 「今日は、続農業の話だよ」
ピー  「どういう話なん?」
パパ 「自然農法の真似事ざんす」
    「秋、里山へ行くと、アケビや栗や柿なんかが
    実をつけているよね」
ピー  「自然の恵みだね」
パパ 「施肥を行わないのに、小さいながらも毎年実を
    つけるね」「ところが近代農業では、大量の
    化学肥料や農薬を使って、やっと収穫しているね」
    「変だと思わないかい」
ピー  「そういえば、そうだね」
パパ 「だろ、昔から何かおかしいと思っているんだ」
ピー  「最近の食物は、品種改良の結果、大量の施肥を
    必要とする性質に変わったんじゃないかい」
パパ 「おっ、鋭い洞察力」「人工的に品種改良を施すと、
    どういう訳か大量の施肥が必要になるんだな」
    「それと、病虫害にかかりやすくなるようだから、
    同じく大量の農薬が必要となる」
ピー  「ママがやっているバラが、その典型じゃん」
    「自然は、施肥と殺虫作用を、営みの中でうまく
    やっているんだね」
パパ 「そういうことだと思う。しかも循環型だ」
    「それに、自然界という所は全て混植になっている」
ピー  「人間の行う農業は、単一植生だね」
パパ 「そうなんよ、で、色々実験をやってみた訳だ」
    「取りあえず無施肥の実験をね」
ピー  「何を植えたの」
パパ 「果実類を色々とね。先ず柿、これは難しい」
    「毎年黒点病が発生するし、収穫も年々低下していく」
ピー  「でも、里山の柿は、毎年多く結実しているよ」
パパ 「そこなんだ、何もしない自然の方が多収穫なんだな」
    「施肥も剪定もしないのに。 その違いに疑問を感じる」
    「結局パパの柿は、品種改良されたおお喰いの性質
    らしいから、施肥と剪定を必要とするんだな」
ピー  「自然の営みの方は、どういうメカニズムなんだろうね」
    「柿の他には?」
パパ 「柑橘類のミカンね」
    「これは放ってあるけど、年々収穫が増えてくるよ」
    「ただし、日当たりを良くしておかないと収穫が減る」
    「それと、夏に雨が少ないと中身がスポンジ状になって
    果肉が入らないようだ。八朔は、特にそうだ」
ピー  「そんなことが起こるのかぁ。何か微妙で難しそう」
    「施肥はしないの?」
パパ 「全くしていない。自然のままだよ。金柑もそうだ」
    「問題は柚子だね」
    「毎年必ず収穫をしておかないと、翌年の実生は数個に
    激減する」
ピー  「いわゆる隔年結果となるんだね」
パパ 「それに柚子は、すす病が出て黒ずんでしまうね」
    「とても人にあげられる状態ではないよ」
ピー  「という事は、市販の柚子は大量の農薬で汚染されている?」
パパ 「そらもう市販品は、何から何まで農薬漬だということが、
    実際に作ってみると分かるんだな」
ピー  「恐ろしや」「他には?」
パパ 「ブルーベリーは、簡単に収穫できて病虫害の発生もないね」
    「こやつは2本植えておかないと、結実が難しいらしいよ」
ピー  「自花受粉をしないのかな」
パパ 「ブルーベリーのコツは、酸性土壌に植えることだね」
    「パパは、スギナが生えていた所に植えたよ」
    「スギナは、酸性土壌によく育つから、土壌のPhを
    見分ける際の指標植物となる」
    「それと、乾燥に弱いから水やりを欠かせないね」
ピー  「パパのブルーベリーは、ホームセンターで買ったの?」
パパ 「いや、農水省の研究農園の苗だ。一般にはないよ」
ピー  「え~?、なぜパパんちにそんなのがあるんよ?」
パパ 「ヘヘ、農水省の博士から特別に提供して貰ったのさ」
    「彼は、昔から知っているキャリア官僚だ」
ピー  「いろんな人をよく知っているね」
パパ 「彼が言っていたけど、研究農園でトマトを栽培すると、
    研究者よりも手伝いのお百姓さんが作るトマトの方が
    大きく育つんだって」
ピー  「やはり農業には、実践的なノウハウがあるんだ」
    「他には?」
パパ 「栗も無農薬・無施肥でやっているが、問題あるね」
ピー  「ほう、何が?」
パパ 「市販の苗木を買って植えたんだが、接木なんだよね」
    「実際、数年間は大きな実が生るんだけど、ある時期から
    ウィルス病が出て枝葉がヘンチクリンな格好になる」
    「それ以降、成長が止まっているように見えるね」
ピー  「人口的に品種改良がされていて、病虫害に弱いんだね」
パパ 「で、ある時、風で接木の部分から先が折れたんだ」
    「ところが、台木から芽を吹いて実がなるようになった」
ピー  「オー、いいじゃん」
パパ 「ほんでもって、台木の性質がもろに出てきて、
    実生は小さいんだけど、病虫害に強いんだな~、これが」
    「ウィルスなんか、への河童なんだよ」
    「剪定しないと、枝葉の広がりで他を圧倒してしまう」
ピー  「俗に言う先祖帰りだね」
パパ 「結局、品種改良されたものは、農薬に頼らざるを得ない」
    「市販の栗や観光農園の栗も、max農薬漬だ!」
ピー  「う~ん、自然生育と人口育苗の差を実証できたじゃんか」
パパ 「パパがやっていることは遊びなんだけど、自然がどう
    関わっているのかに興味を惹かれるね」
    「手間隙を考えると買った方が安い場合もあるが、何も
    しなくて実をつけると儲け物だな」
ピー  「自然からの収奪だ」「縄文時代の採集経済の実験だね」
パパ 「自然農法は、コスト面からすると面白い研究テーマだと
    思うよ」
    「但し、化学肥料会社や農薬会社は成立たなくなる」
ピー  「それは困るね。方法はないの?」
パパ 「無くはない。特に農機具メーカーとはね」
ピー  「紹介してよ」
パパ 「NHKの教育放送で、人生の歩き方という番組を
    放送しているんだけど、そのなかで岩澤信夫氏の
    不耕起農法の特集をしていたんだ」
ピー  「面白い放送だったの」
パパ 「前回、福岡正信氏の自然農法について、少し話をしたよね」
ピー  「パパは、福岡氏のことを原始共産主義者だと言って
    いたね」
パパ 「そう、彼は、企業というのは全て悪だと考えている」
    「これは、コミュニストの考え方だね」
ピー  「というか、一種の理想主義者じゃないの」
パパ 「彼は、哲学とか何とか言うんだけど、根本的な部分で非常に
    観念的な考え方に支配されているじゃないかなぁ」
    「国民皆農主義で、人々を農村に閉じ込めてしまうんだ」
    「これは、宮沢賢治の考え方と共通してるね」
ピー  「世の中の現実や進歩と乖離している?」
パパ 「まぁね」「一方岩澤氏は、農業をビジネスとして成立させないと、
    後継者が育たないと解説している」
ピー  「ちゅーことは、福岡氏の自然農法と根本的に異なる
    ということ?」
パパ 「技術上の根本は同じだ」「現実を直視するか否かだね」
    「福岡氏の自然農法は、数千万人が飢え死にする」
    「とにかく’企業は悪’と考えているんだから」
ピー  「パパが、’その18’で話した内容だね」
パパ 「その点、岩澤氏の不耕起栽培の技術は、結果として
    自然農法に結びついたんだな」
    「しかも、農機具メーカーと共同で、田植え機の開発を
    行ったりもしている」
ピー  「共存共栄だね」
パパ 「この話は長くなるから、日本放送出版協会から出ている
    ’NHK知るを楽しむ 人生の歩き方 8月・9月分’を
    読むと良く分かるよ。一般書店にも置いてある」
ピー  「次回はなに?」
パパ 「田舎暮らしの話なんかどうだい」

2008年10月22日水曜日

雨が降る前に・・・


お散歩いくのー?  置いてかないでー。

じゅうたんみたいで、とーっても柔らか。 フワフワだーい!

うんっ?

突撃ーーー  (こらーっ!と、おっ母の声が聞こえても・・・)

へへへ・・・

ウサギじゃないよっ。

おりゃっと!

こんどは、あっちへ行ってみよっと。

耳がつながって・・・

全力疾走!   (おっ母、真っ青・・・)

ここは楽しいな。 景色ばっかり見てんと、 おっ父ってばぁ。

帰りたくないんだけど。 雨がポツリポツリと・・・ (おっ母、雨乞いしてた!)
おっ父、また来ような。

2008年10月16日木曜日

実りの秋の真っ最中(連続12連発)


おいらは、これを採るからね。
       
              とってもとっても久しぶりの外遊び・・・です。
                        

もーっ、届かないよー。

おっ父はいいなあ。 高枝鋏が使えるし・・・

見上げてたら・・・   落ちてきた!!
             ・・・いっただきーっと!  

何処で、食っべよっかなあ?

ここがいいや!
いいとこ、みっけたもんね。

さあ、食うぞ。 嬉ピーなあ・・・♪

おっ母、うまいでっ!  おっ母も食べてみ。  (まだ、少ーし渋いんじゃない?)

食べること、だーい好き!

おっ父ー! 次は、ミカンやろ~~~~

な~んか、酸っぱそうなんだけど・・・

やっぱり、柿がいい・・・。

2008年10月12日日曜日

ピートとパパの会話(その24 ノーベル賞)


ピー  「上の写真は、電子頭脳っていうんだろ?」
    「パパが動かしていたん」
パパ 「大昔、チョコットね」
    「では、ノーベル賞の話をしようか」
    「ここでは、ノーベル賞へのプロセスについて語ろう」
ピー  「プロセス?」
パパ 「結果としての賞よりも、それに至る経緯が面白い」
ピー  「ふむ・・」
パパ 「パパの勝手な創造論から言うと、ノーベル賞は、
    創造というよりも、予見と発見と継続と運の世界だな」
ピー  「え~、創造じゃないの?」
パパ 「創造と予見・発見は違うよ」
    「予見や発見は、数ある物事のうちから、たまたま見つ
    けた理論や現象だ」「この世に元々存在しているものを
    取上げたに過ぎないから、創造とは言えないね」
    「創造は、無から有を生じさせる事を言う」
    「いずれにしろ、ノーベル賞は、予見・発見とその実証の
    世界だな」
ピー  「またしても、一流の勝手無手勝流ウンチク論だな」
パパ 「んじゃー、ノーベル賞へのプロセスに入ろう」
    「昔、パパが一緒に仕事をした人の中に、ノーベル賞を
    受賞した江崎玲於奈氏と同じ研究チームに居た人が
    いるんだ」
ピー  「パパが江崎さんと仕事をしていたんじゃないの」
パパ 「ノン、パパは与太郎組だったから無理だ。ははー」
    「そのチームというのは、電子材料の物性研究をしていたんだ」
    「で、その人が言うには、・・   
    (我々は、電子材料の物性を片っ端から調査していたんだが)
    (その中に変な特性を示すものがあった)
    (ワシらは、そんなもん全部捨ててしもうたんじゃ)
    (な~んも役に立たんと思ったけんね)
    (しかし、彼は(江崎氏)、それを大事に持っておったのじゃよ)
    (それが、後のノーベル賞に繋がったんじゃ)
    ということを語ってくれた」
ピー  「う~ん、物事の結果を得るには、諦めないことかぁ」
パパ 「語ってくれた人は、それがノーベル賞と凡人との分かれ目
    だと言っていたな」
ピー  「だから、ノーベル賞は、予見・発見、継続研究、実証、
    及び、その後の運ということかぁ」
パパ 「んだ」
    「次回は、農業の話に戻ろうか」
ピー  「おいらは、ドッグ・フードの話がエエな」

2008年10月10日金曜日

ピートとパパの会話(その23 天地創造:創造とは・・)


パパ 「え~っと、創造って何だと思う」
ピー  「物事を考え、造ることじゃないの」
パパ 「ま、そういうニュアンスだけどね」
ピー  「おいらも何かを考えて作って見ようかな」
パパ 「それは、単なる工作だ。創造とは違う」
ピー  「ヘっ?、じゃ創造って何よ」
パパ 「日本神話と旧約聖書の創世記が、創造ということ
    を表現していると思うんだ」
    「それ以外は、単なる創意工夫とか独創性の範囲だ」
ピー  「また、そういう訳の分からんことを」
パパ 「日本神話では、イザナギ・イザナミのみこと が
    天空で泥んこ遊びをしていて、棒の先から落ちた泥
    で日本を創ったんだ」「こういう風に、最初に物事
    を創り出すことを創造といふ」
ピー  「その話、相当脚色していない?」
パパ 「旧約聖書の創世記でも、神さんがこの世を一生懸命
    創って、何やかや疲れてしもーて、7日目にダウン
    したんだわ」「これも最初の創造だ」
ピー  「神さんでもダウンするのかね?」
パパ 「だから、キリスト教では、日曜日を設定してあるんだ」
ピー  「どちらも物事の基を創り出しているんだね」
パパ 「だから、創りだされた後の事象の中で、物事を色々
    考えても、それは創造ではないと思っているんだ」
    「創造というのは、最初の一回きりだ。と考えるのは、
    パパのロマンチシズムか知らん」
ピー  「それは、パパの勝手な解釈論だよ」
    「でも、この二つの話、日本と西洋では基の元が
    異なるね」
パパ 「気がつきましたか。基の元が違うんですよ」
    「旧約聖書の創世記は、最初に神ありきだ」
    「神が、天と地と、この世の全てを創り給うた」
    「日本神話の基となった日本書紀や古事記では、混沌の
    中から天と地が生まれ、続いて神々が現れたと説く」
ピー  「神々も創られるんだ。でも誰によって創られたの?」
パパ 「葦の芽のようなものが、神々に成長するんだ」
    「最初に混沌の中から天と地が生まれたという表現は、
    137億年前にあったビッグバン後の宇宙を指している」
    「これは、壮大な叙事詩というか、宇宙観だね」
    「1200年前の日本書紀の表現だぜー、セニョール!」
ピー  「西洋は、観念的な創造論だけれど、日本神話は、
    ビッグバンの仮説に基づいていた?」
パパ 「それを現代の宇宙物理学が実証した。ということかな」
ピー  「面白いね。日本書紀の仮説は、今ならノーベル賞ものだ」
パパ 「何しろ最初に、宇宙の混沌という仮説を立てたんだから
    すごいよ」
    「では次回、今流行のノーベル賞の話をしよう」

2008年10月8日水曜日

ピートとパパの会話(その22 max田舎だ!)


パパ 「さて今日は、生活環境についてのウンチクだ」
    「住んでいる所が、街か田舎か、という論争だ」
ピー  「論争とは大袈裟な」
    「おいらは、街に住んでいると思う」
パパ 「ほ~、その根拠は?」
ピー  「高速道路まで10分、新幹線乗車まで30分くらいだね」
    「昔の東海道沿線だし、国道1号線も直ぐ傍を走っているよ」
    「日本中何処へ行くにもすこぶる便利だ」
    「近くにはオペラハウスもある。コンサートホール兼用だけどね」
    「へへ、これだけ揃っていれば、街だと思わないかい!」
パパ 「なるほど、でも便利だけじゃ街とは言えない」
    「街であるためには、三つの条件が必要だね」
ピー  「三つの条件?」
パパ 「その1.中古レコード屋があること」
    「その2.ジャズ喫茶があること」
    「その3.ヴィンテージ・オーディオ店があること」
ピー  「なんじゃー、それ~。 パパの趣味じゃんかー」
パパ 「ははは、そうだよ」「自分の住んでいる行政区域に、
    この三つの条件が揃っているかどうかで、街か田舎か
    判断できる」
ピー  「それって、あまりに主観的じゃないの?」
パパ 「ノー、三つとも客観的事実だ」「文化的余剰の無い所には、
    この三つは存在しない」「これは、文化の特異的余剰だ!」
    「特異だからこそ、条件としての意味合いがある」
ピー  「余剰・・、つまり、無くても良い存在ということだね」
パパ 「別に無くても済むが、余剰というのは文明を生む根源だ」
    「昔から6大都市には、この3条件が全て揃っている」
ピー  「だとすれば、仙台なんかも揃っているんじゃないかい」
パパ 「その意味では大都会だ。地方でも探せばあると思うね」
    「残念ながら、ピートの住んでいる所は三つとも無い」
ピー  「ちゅーことは、max田舎か!」
    「でも~、オペラハウスがあるよ。専属歌手もいる」
パパ 「あ~、あれね。行政の箱物だね」「あれを企画した
    女性行政官を知っているけど、彼女の趣味だ。というと、
    また叱られるかな」
    「あれはね、年間経費が20億円で、15億円を税金で賄っている
    らしい」「で、あんな物作らずに、老人ホームを作るべきだ、
    という苦情も聞く」「田舎は大変だ」
ピー  「あの建物は苦情の一部か~」「外国文化に投資し過ぎだな」
    「何故行政は、箱物を作りたがるのかな」
パパ 「そらもう、東京にあるものは全部欲しがる」
    「田舎の都会趣味だ」
    「しかし、おらが村では、運営のノウハウが分からんとくる」
ピー  「赤字転落のツケは、全ておいら達の負担だな、もう!(怒)」
    「つまり、田舎にオペラハウスは要らないのか~・・・」
パパ 「オペラだとかは、都会で観劇して初めて意味がある」
    「そういうものを観劇する文化的雰囲気ちゅーものは、
    都会でしか味合えないと思うよ」
    「つまり、文化としての社会インフラが、総合的に整っていないと、
    頓珍漢なことになるんだな」
ピー  「そうか~、オペラは長時間だから、食事をする
    洒落たレストランも必要だね」
パパ 「まぁ、エスコートするご婦人を伴って、駅前のニコニコ食堂で、
    田舎のラーメン・ライスという訳にはいかんわな」
ピー  「おいらは、そっちの方が気を使わなくていいや」
パパ 「オペラハウスのついでに、ちょっと話の余剰をすると・・」
    「パパの職場にソプラノ歌手がいたんだけど、もの凄く禁欲的だ」
    「喉をやられるから、煙草は勿論、酒も飲まない」
    「大変な努力で、あのソプラノ声域を保持しているんだ」
    「ところがジャズ歌手は、酒どころかヒロポンもやっちょる」
ピー  「だからかぁ、ジャズ歌手のガラガラ声は~」
パパ 「これこれ、ハスキーボイスと言いなさい」
    「ま、アニタ・オディとかね。彼女は麻薬中毒じゃった」
ピー  「ところで、オペラって聴きに行く?」
パパ 「好きな人は、遠くでも聴きに行くよ」「ママもドイツオペラを
    聴きに行ったしね。近くのオペラハウスだけれど」
    「大体オペラちゅーのは、他愛も無い男女の痴話話が
    殆どなんだけど、 それを著名な作曲家と高名な歌手が
    やるもんだから、高尚に見え ちゃうんだな」
ピー  「そんなこと言うと、叱られるぞー」
パパ 「いやいや、これはオペラ好きの知人と話していた時の意見だから
    問題ない」
ピー  「次回は何?」
パパ 「創造性について話そうか」

はみがき、してる?


準備完了!  さあ、やるよ。

まずは奥歯から、ごしごしごしっとやって・・・

横っちょも丁寧に、きゅっ、きゅっ、きゅっと・・・

前歯で仕上げだ。  くちゅ、くちゅ、くちゅ。   そして・・・

おっ母~、歯磨き済んだでー。 やることやったし、おやつちょーだーい。

2008年10月5日日曜日

昨日のオ・マ・ケ


放牧中???のおいら。 草食ってる。
こんな山の中だけど、琵琶湖岸もすぐ近くなんだ。
とってもいい気候になったから、おいらの『秘密基地』へ遊びに来て!


歩き回って、走り回って・・・・